こんにちは〜、ゆみこです😃
私は2020年から、動画編集のフリーランスとして働いています。
ご縁があって、知人の紹介で
とあるベンチャー企業の営業アシスタントとしても関わることになりました。
いろいろあり、あと1週間ほどでその仕事を退職します。
退職に向けて、各種引き継ぎ資料を作る中で、
これまでの営業施策や、その結果を改めて振り返ってまとめてみました。
すると、
一生懸命やってきたはずなのに、何も積み上がっていない。
数字としての結果にもなっていない。
そんな事実を突きつけられて、急に強い無力感に襲われました。
さらに追い打ちをかけるように、私が整備してきたCRMツールを
「やっぱり変えるかも。データ移行お願いね」
という話まで、このタイミングで浮上してきて。
いやいや、今!?
このタイミングで!?
と、さすがに絶望しましたw
改めて、
「この会社、なかなかだったな……」
と実感している今日この頃です。
この気持ちを、少し冷静なうちに言葉にしておきたくて、
ブログを書くことにしました。
ここで、当時感じていた違和感について書いておきたい。
毎回議論を脈略もなく行うけど、アクションプランが不明確。
アクションした結果の報告がなく、次の議論がまた始まる。
あれ?その話前にも言ってたよね・・・?
何この会社?ループしてる?これが最初に感じた違和感です。
無駄な会議が多いというのはよく聞くあるあるの課題だけど
振り返りを行えば良くなるかも!と最初に思ったので
アシスタントとして議事録を書いて、アクションを会議後に共有するようにしました。
その実行状況も次の会議で確認する。リマインドするなど、
一生懸命やってはみたのですが・・・
最後まで実行してない人が、めっちゃ多い〜。
私はあくまでもアシスタントなので、実行してくださいとは言えない。
売上もなかなか上がらず、リストラも多かったし
自主退職者も半年に1人以上のペースで見送りました。
淡々と働いて淡々と去っていく。
去った後に社長はあの人の仕事は適当だったと言いまくるし。
個人の問題にすり替えることで、
構造の問題が永遠に見えなくなるのだと思った。
それでも最初は「自分の問題」だと思ってた
でもず〜っと、自分のやり方が悪いのかなと試行錯誤を続けた。
リマインドし続けないとダメだよな、、とか。
そもそも営業がやりきらないし何をやってるかよく見えないから、
行動計画を発表するように提案してみたり、振り返りの会を設定してみたり。
その度に大きな方向転換とかが起きるので、思うようにはいかなかったけど
できるかぎり点と点を線にしようと努力した。
個人の能力では超えられない「壁」があった
人の能力には限界があるし、影響範囲は小さい。
アシスタントの私がどうこうできる問題では全然ないと
当たり前ながら気がつけた。w
部長職のいない職場だったので、社長が全ての決済者だったのだが
これがもう圧倒的に無理なんだと思う。
業務フローも確立されているわけがなく、蓄積されているはずのデータも
見当たらない。
舵を取るマネージャーがいて、方向性を示唆。
レビューをしながら、チームを同じ方向に導く必要がある。
責任も曖昧だから、やり切らないでなぁなぁでやめていく。
評価もされないから、なぁなぁで去っていく。
私は過去、アメリカの企業で営業職を2社経験しているが
素晴らしい構造の中で働いていたので、努力した分だけ成果が出た気がする。
個人の能力ももちろんあるが、活躍できるフィールドを用意されていた幸運が
いかに恵まれていたかを思い知った。
無力感を感じた経験から得た学び
この会社を去った人たちの今後は?というと
案外新天地で活躍している人も多いのだという。
刺激は減ったけど、ちゃんとした会社ってこうだよな!って思うらしい。w
ベンチャー企業で働いた経験は今回のだけなので良くわからないが
会社規模に関わらず、やはりトップの考え方及び、会社を経営する人たちの存在ってかなり大きいんだろうなぁ。
大企業だと、部長が変わるとガラッと変わったりもするしね。
冒頭の話に戻るが、今回のご縁はかなりイレギュラーであった。
自分から探してだと決して繋がることのない会社で働いていたと思う。
それが良かったのかはわからないけど、、、
整った構造がないと、会社員として結果を出すというのは難しいのだろうという
現実を知った気もする。
自分なりのタスク管理を行った成果としては、過去案件からアポが取れたし
そこから営業にパスして契約に至ったものもあるし、
それなりだけど成果はあったと思いたい。
今回の経験で強く思ったのは、人は「構造が整っている場所」でしか力を発揮できない、ということだ。
個人の努力や根性でカバーできる範囲には限界がある。
どれだけ真面目に向き合っても、意思決定のレイヤーや責任の所在が曖昧な組織では、
成果は積み上がらない。
この経験を経て、
「どんな仕事をするか」以上に
「どんな構造の中で働くか」を
今後はもっと大切にしていきたいと思う。








